大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(行)1号 判決 1964年3月26日

原告 内田勝士

被告 大蔵大臣・横浜税関長

訴訟代理人 青木康 外六名

主文

被告横浜税関長が、昭和三四年八月二六日付第〇一七八〇六号納税告知書により、原告に対し関税金一七〇、七六〇円を賦課した処分を取り消す。

被告大蔵大臣が、昭和三五年七月二日付をもつて、前項の関税賦課処分に対する原告の訴願を棄却した裁決を取り消す。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和二九年九月訴外山田リツより一九五四年型フオード、コンサル乗用車一台(以下本件自動車という。)を買い受けたところ、本件自動車について通関手続がなされていなかつたため、被告横浜税関長は、原告の右譲受けを輸入とみなし昭和三四年八月二六日付第〇一七八〇六号納税告知書をもつて原告に対し関税金一七〇、七六〇円を賦課した。

これに対し、原告は、被告横浜税関長に審査の請求をしたが棄却されたので、さらに被告大蔵大臣に訴願をしたが、昭和三五年七月二日付をもつて訴願を棄却する旨の裁決がなされ、同月一一日その旨の通知を受けた。

二、しかし、被告横浜税関長の右関税賦課処分及びこれを維持した被告大蔵大臣の訴願の裁決は、いずれも次に述べるとおり違法であるから、その取消しを求める。

1、関税法第一四条第一項本文には、関税の徴収権は、これを行使することができる日から二年を経過したときは、時効により消滅すると定められているところ、原告が本件自動車を譲り受けたのは、昭和二九年九月であり、そのときから関税の徴収権は行使できたのであるから、被告横浜税関長が賦課処分をした昭和三四年八月二六日には、すでにその徴収権は時効により消滅していたのである。

2、もつとも、同項但書によれば、詐偽その他不正の行為により関税を免かれ、又は関税を納付すべき貨物について関税を納付しないで輸入した場合の関税の徴収権については、同項本文の規定は適用されないこととされているが、詐偽その他不正の行為により関税を納付しないで本件自動車を譲り受けたのは、前記山田であつて、原告は譲渡人山田が本件自動車につき通関手続を経ていないことも知らなかつたのであるから、詐偽その他不正の行為により関税を免れた者に当らず、原告に対し同項但書が適用されるいわれはない。

三、原告訴訟代理人は請求の原因として以上のように述べ、なお、詐偽その他不正の行為があつたかどうかは、原告の代理人として本件自動車を譲り受けた山田リツについて決定すべきであるとする被告らの主張に対しては、被告らの当初の答弁は右主張とは異なり、原告が昭和二九年九月山田から本件自動車を買い受けたことは認めるというのであつて、山田を原告の代理人とする前記主張は、訴訟の最終段階において、新たにこれを追加するに至つたものであるから、右主張は、故意又は重大な過失による時機に遅れた防禦方法として却下を求めると述べた。

被告ら指定代理人は、「原告の被告らに対する請求をそれぞれ棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び被告らの主張として、次のとおり述べた。

原告主張事実のうち、原告が昭和二九年九月通関手続未経由の本件自動車を譲り受けたこと、被告横浜税関長が原告の右譲受けを輸入とみなして原告主張のとおり関税を賦課したこと、右賦課処分に対する原告の訴願を被告大蔵大臣が原告主張のとおり棄却したこと、以上の事実は認めるが、そのほかの事実は争う。

本件自動車は、昭和三三年法律第六八号による改正前の「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律」(以下旧臨時特例法という。)第六条所定の関税免除品にあたるため、免税特権者以外の者がこれを譲り受けることは、同法第一二条により輸入とみなされ、従つてこの場合においても、一般の場合と同様、輸入申告をし、関税を納付して、輸入許可を受けた後でなければ、これを譲り受けることはできないはずであつて、本件自動車の通関手続が未経由であることを知りながら、あらかじめ正規の通関手続を経ることなくこれを譲り受けることは、詐偽その他不正の行為により関税を免れた場合に該当することとなる。そして、譲り受けが代理人によつて行なわれた場合には、詐偽その他不正の行為があつたかどうかは代理人についてこれを決すべきものであり、従つて、代理人が通関手続の未経由であることを知りながら本人のためにこれを譲り受けた場合には、本人がこのことを知つていたかどうかにかかわらず、本人が詐偽その他不正の行為により関税を免れたものとしての責めを負わねばならないものと解すべきところ、原告は、山田リツを代理人として駐留軍軍人スミス某より本件自動車を譲り受け、山田は本件自動車の通関手続が未済であることを知つていたので、原告は、関税法第一四条第一項但書にいう詐偽その他不正の行為により関税を免かれた者としての責めを免れず、これに対する関税徴収権は、納税告知のなされた当時、未だ時効により消滅していなかつたことは明らかである。かりに原告が山田を代理人として本件自動車を譲り受けたものではなく、山田からこれを譲り受けたものとしても、本件自動車のような関税免除物件を免税特権者以外の者が譲り受けた場合には、当該譲り受けを輸入とみなして関税法を適用する旨の旧臨時特例法第一二条の規定は、必ずしも免税特権者から直接これを譲り受ける場合にかぎらず、免税特権者以外の者からこれを転得する場合についても適用があるものに解すべきところ、原告は、本件自動車の通関手続が未済であることを知りながらあらかじめ通関手続を経ることなくこれを譲り受けたものであるから、詐偽その他不正の行為により関税を免れたものとして、二年の短期時効の利益を主張し得ないことはかわりはない。

被告ら指定代理人は、答弁及び被告らの主張として以上のように述べ、なお、詐偽その他不正の行為があつたかどうかは原告の代理人山田リツについて決定すべきであるとする被告らの主張が時機に遅れた防禦方法に当たるとの原告の主張に対し、次のとおり反ばくした。

すなわち、被告らが当初の答弁において、「原告は昭和二九年九月訴外山田リツより一九五四年型フオード、コンサル乗用車一台を買い受けた」旨の原告の主張を認める旨述べた趣意は、「原告が仲立人山田リツらを介して右時期に駐留軍軍人スミス某より右フオード、コンサル乗用車一台を買い入れたことは認める。仮りに右認定が成り立たないとすれば、原告が山田より右乗用車を買い入れたことは認める。」との趣旨であつて、被告らが最終の主張において、仲立人としての山田が原告を代理する権限を授与されていた旨を述べたのは、当初の不明確な主張を釈明して明確にしたに過ぎないから、これをもつて、時機に遅れた防禦方法というのは当らない。

(証拠省略)

理由

一  詐偽その他不正の行為があつたかどうかは原告の代理人山田リツについて決定すべきであるとする被告らの主張は、次の理由により、故意又は重大な過失により時機に遅れて提出された防禦方法として却下することとする。

本件訴訟の経過によれば、被告ら指定代理人は、第一回口頭弁論期日において、「原告は昭和二九年九月本件自動車を山田リツより買い受けた」旨の原告の主張を認めると答弁し、爾後、被告らの右答弁はそのまま維持され、第六回口頭弁論期日において、一応双方当事者の主張と証拠の申出を終り、第七回口頭弁論により証拠調を始め、第一二回口頭弁論期日における原告本人尋問をもつて、採用にかかる人証の取調べを終了したところ、被告ら指定代理人は、第一三回口頭弁論において、初めて、さきに原告が本件自動車を山田より買い入れたことは認める旨を答弁した趣意は、「原告が仲立人山田リツらを介して原告主張の時期に駐留軍軍人スミス某より本件自動車を買い入れたことは認める。仮りに右認定が成り立たないとすれば、原告が山田よりこれを買い入れたことは認める。」と釈明した上、被告らは仲立人である山田が原告の代理人として行動したものであるから、詐偽その他不正の行為があつたかどうかは、原告の代理人山田について決定すべきである、と主張するに至つたものであるが、仲立人たる山田が原告の代理人として行動した云々の主張は、被告らの当初の答弁を釈明により明らかにした程度のものとは到底認められず、新たな主張の追加であることは明らかである。しかもこの新たな主張を従前の答弁と対比すれば、従来の争点は、原告が本件自動車につき通関手続を経ていないことを知つていたかどうかにあるのに対し、新たな主張による争点は、原告が山田リツに被告等主張のような代理権を付与したかどうかが重点となるものと解され、この点について、あらためてすでに取り調べずみの証人、本人を含めて、さらに相当程度の証拠調を必要とすることは明らかであるから、被告等の新たな主張は、故意又は過失による時機に遅れた防禦方法と認めざるをえない。

二  よつて、原告が本件自動車を山田から買い受けたとする被告らの当初の主張を前提として原告が詐偽その他不正の行為により関税を免かれたかどうかの点につき判断する。

当事者間に争いのない事実といずれも原本の存在とその成立に争いのない乙第一ないし同第四号証、証人村岡昭憲の証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告が本件自動車を買い受けた経緯は、次のようなものであつたと認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

原告は、昭和二九年四月自動車運転免許を受け、乗用車の購入を思い立ち、友人村岡昭憲の紹介で自動車ブローカーをしていた山田リツに乗用車の購入方を申し込み、右山田から昭和二九年五月頃東京において一九五三年型フオード、コンサル乗用車一台を買い受けた。右売買のため、原告が東京に赴いたのは、東京で引渡しを受ければ、大阪までの運搬費用だけ安く取得できることと、自らこれを大阪まで運行して、運転の練習をすることのためであつた。右自動車の取引においては、代金は、関税及び物品税を含めて定められ、かつ、原告名義の自動車登録まで山田がする約であつたところ、原告が東京で引渡しを受けたときは、未だいわゆる仮ナンバー付きにすぎなかつたが、帰阪後まもなく、山田によつて原告名義に登録がなされた。その後、右自動車は、原告の運転技術が未熟だつたため、接触事故等により破損を生じたので、原告は新たに自動車を買いかえることにして、前記山田に対し、右自動車の下取りと一九五四年型フオード、コンサル乗用車購入を申し入れ、その代金を前同様関税、物品税支払い済みの価額として金一〇五万円と定め、かつ、自動車の登録まで山田において手続をとることを約し、同年九月上旬右自動車引取りのため上京した。上京後、右山田は、原告希望の自動車を探していること、購入先は駐留米国軍人であること等を原告に告げて、数日間原告を旅館に待たせた上、本件自動車を持参したが、これにも仮ナンバーがつけられているにすぎなかつた。しかし、原告は、前の例もあり、大阪に帰れば、すぐ自己名義に登録されるものと信じて、右自動車を受け取り、大阪までこれを運転して帰つたが、その後まもなく、右山田は、本件自動車につき、奈良陸運事務所において浅井弘名義で登録をした上、関係書類を持参して、いつでも原告名義に登録替えできる旨を告げた。

以上の事実関係において、原告が詐偽その他の不正行為により関税を免れたものにあたるかどうかを考えてみるに、原告がこれに当たるというためには原告において、通関手続を怠ることにより、税関長をして、関税を賦課徴収すべきときに賦課決定をする機会を失わせる結果となることについての認識があることを要するものと解するのが相当である。そして、前認定の事実関係においては、原告は、山田から本件自動車の引渡しを受ける際、同人において通関手続を済ませていたものと信じていたか、少くとも引渡を受けた後、山田が遅怠なく通関手続をしてくれるものと信じ、かつ、遅怠なくこれを実施してくれていたものと信じていたものと認められるところ、前者の場合が前述の詐偽、不正の行為があつたと認められるための要件に該当しないことは明らかであり、後者の場合においても、山田が遅怠なく通関手続をしてくれるものと信じて本件自動車の引渡を受けたのは、前認定の事実関係によれば、事後的に遅怠なく通関手続をすることが許されていると信じていたことによるものと認められ、これが許されないことを知りながら、あえて通関手続未済の本件自動車の引渡を受けたものとは認められないので、この場合もまた、前述の、詐偽、不正の行為があつたと認められるための要件に該当しないものといわねばならない。

もつとも、前認定の事実によれば、原告が本件自動車の引渡を受けた際は、右自動車はまだ仮ナンバー付きのものであつたというのであるが、仮ナンバー付きのものであることか当然に通関手続の未済を意味するわけのものではなく、原告は、仮ナンバー付きであることが通関手続の未済に原因するものとの認識をもつていたとは認められず、また、これによつて、原告が、遅怠なく事後的に通関手続を経由することにつきなんらかの障害があると考えていたものとも認められないので、本件自動車の引渡を受けた当時これが仮ナンバー付きのものであつたということは、前記判断の妨げとなるものではない。

してみると、原告が詐偽その他不正の行為により関税を免れ、短期時効の利益を主張し得ないことを前提とする被告横浜税関長の処分及びこれに対する原告の訴願を棄却した被告大蔵大臣の処分は、いずれも違法なものといわねばならない。

よつて、被告横浜税関長の関税賦課処分及び被告大蔵大臣の訴願裁決をいずれも取り消すこととし、訴訟費用につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例